スピリチャルとの関わり方のこと

近年のスピリチュアルには惹かれるものがある。
まあ、なんとなく、色々試してみちゃったりもしてる。
そして、まあ、こういうものはあるっちゃーあるんだろうなーとは思う。
完全否定する気は無い。
理屈抜きの感覚というのはあるから。
そこら辺得意な人が何らかのシステムを作って、それが有効だってことはあるだろう。


しっかし、まあ、なんとも不確かな気持ち悪さというのはある。
普通の人間がその不確かさを埋めようと探る時、
それが直観なのか妄想なのかの区別ってのはちょっと難しい。


エネルギーと言う。
日常でも「エネルギー感じる」なんて言うくらいで、
実態がわからなくても、そういうものの感じ方というのは誰にでも
多かれ少なかれあるもんだ。
そういうものを感じ取り、伝わるということは十分にあり得るだろう。
例えば、ただ側にいる(ある)だけで元気が出たり、逆に消耗させられてしまうような人がいたり、物があったりする。
そこに細かい理屈は要らないっちゃ、要らない。


そして、全体のストーリーが見えれば、
逆にそこに現実を投影させることによって、
現実の受け止め方が変化したりするだろう。
まあ、しかし、普通無理だねこれは。
やっぱ、この物質世界ありきってとこで生きてるわけで、
見えないものを前提に据えるってのは、なあ。
人は見たいものだけを見ようとする。
物質世界さえ歪めてフィルターをかける。
元々不確かにしか感じられないものに焦点を合わせるってのは、
なんだかなあーーー。


うーん、だからね、
取っ掛かりとして、妄想でも、
「なんか、あるな、これは」っていう確信が持てるんならまあそれを基本に枝葉も出来るかもしれないが。
「そういうもんなんかなーーー」くらいだと、箸にも棒にもかからなくなっちゃうんだなあ。
まあ、「なんかあるな」って受け止めてても、それも曖昧なものだから、
「なんか違う・・・」って時に何がどう違うのかさっぱりわからない。
そりゃもう、わかったものが何だかわかってないんだからそもそも。


やっぱ、あれかね、
かなり無条件に
「これにはエネルギーが」と言われて、
「あ、ほんとだ」って感じる人だけのものなんじゃないのかね。
感じない人が「あるはずだ」ってやるのはなんともヘンテコなことだ。
感じない人には効かない、そういう回路が無い、そんでいいんじゃないかねえ。
じゃないと、変な妄想を生むだけになってしまう。


厄介なのは、それを感じやすい人ってのは、
「いや、私から見ると確かに効いているよ!」とか言っちゃうんだよねえ・・・。
悪質なんじゃなければ嘘をついてるわけじゃないんだろうけど、
まあ、それはこっちとは別の世界の物の見方だもんで、
その世界観が特に優れてるってことも無いってことで、
それに合わせるとか、しないほうがいいでしょ。
だって、その世界は自分の世界じゃないから、自分には見えないよ、どうしたって。
なんでそんなもんに合わせるかって。
そんなことで優劣を付けてしまっては元も子もない。


まあ、つまり、
見えないものに焦点を合わせようとするより、
自分の見える世界を磨いたほうがいいだろー。
てなことで。



こんなことを思ったのは、やっぱフラワーエッセンス。
今度のは、バッチじゃなくてちょっと独特なのなんだけど。
体型がかなり綿密に良くできている。


しっかし、やっぱフラワーエッセンスって、
味も香りも色も触感も無いただの水で、
そんでエネルギーと言われても、なーんか私にはさっぱり取っ掛かりがわかんない。
いろんな植物があって、それぞれに何らかの対応するエネルギーがあるって言えば、
そりゃ、無くもないだろうけど、
なんでその植物がこういうことに効くの?っていう根拠が全くわからん。
文化的なものなのか何なのか?
しかも、漢方とかハーブとかみたいに植物そのものじゃなく、
わざわざ転写エネルギー・・・・・。
転写って何・・・・・・???


花なら見て美しいなと思って何らかの影響を受けるとか、
そういうのならまだしも、
なんでわざわざ、何の感覚にも関与しない転写エネルギーなんだろ?


いやー、これをわかれってのは無理だわ私には。
なのでした。


まあ、しかしねー、
波動医学って、医学名乗る気なら、
こっちの医療でどうにもならない病気に効果なくてどうすんだよ!
とは、すっごい思うね!(笑)